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脳・心臓疾患の労災認定基準の改定を求める意見書

2003年11月21日

厚生労働大臣 坂口 力 殿

過労死弁護団全国連絡会議
代表幹事弁護士 岡村親宜
同       水野幹男
同       松丸 正

 貴省は、2001年12月12日、脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患」という。)の認定基準を改定した(基発第1063号。以下「認定基準」という。)。

 認定基準は、過重負荷評価期間を原則6か月とし、過重負荷評価基準を緩和し、業務との関連性が強い時間外労働時間数を明示するなど、被災労働者及びその遺家族の補償を拡大するものであり、評価できる。

 しかし、認定基準改定の契機となった、2000年7月17日の最高裁判決(※[最判1-(1)]及び[最判1-(2)]、別紙「2000年7月17日最高裁判決以後の主な労働者側勝訴判例の一覧」参照)は、1995年2月1日に改定された従前の脳・心臓疾患の認定基準(基発第38号。以下「旧認定基準」という。)を根本的かつ全面的に見直すべきことを提起したが、認定基準はこの最高裁判例の水準に達していない。また、脳・心臓疾患の発症後に業務のため治療機会を喪失した事案について認定基準は「業務上」と認定する途を閉ざしているが、認定基準改定前後に、最高裁判所は、このような事案についても「業務上」と認定する判決を言い渡し、このような事案をも「業務上」とするよう認定基準が改定されるよう提起したものである。

 そして、2000年の最高裁判決後の下級審判例の水準、さらには専門検討会報告書に紹介された医学的知見に照らしても、認定基準には以下の4点の問題がある。

  1. 貴省の採用する相対的有力原因説は破綻している。
  2. 治療機会喪失事案の救済を拒否している。
  3. 過重負荷評価基準が厳格である。
  4. 業務との関連性が強いとされる時間外労働時間数の基準が高すぎる。
  5. 労働時間(労働の量)以外の労働の質の要因を限定的にしか考慮していない。

 過労死弁護団全国連絡会議は、現在の判例水準等を踏まえ、以下のとおり、認定基準を改定するよう要求するものである。

※ 本意見書における判例の略称については、別紙「2000年7月17日最高裁判決以後の主な労働者側勝訴判例の一覧」の第1の最高裁判例の場合、例えば、横浜南労基署長(東京火災海上保険横浜支店)事件・最高裁一小平12.7.17判決は[最判1-(1)]、尼崎労基署長(森永製菓塚口工場)事件・最高裁三小平13.9.11決定は[最決2-(4)]と表す。第2の下級審判例の場合、例えば、脳心臓疾患事案の佐伯労基署長(伊賀荷役)事件・福岡高裁平12.9.27は[判例1-(1)-(1)]と表す。

第1 「基本的な考え方」の改定の必要性

〈改定意見の趣旨〉

貴省は、第1の「基本的考え方」を下記のとおり改定すべきである。

 「業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然経過を超えて増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合があり、そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は、業務に起因することの明らかな疾病として取り扱うものである。」

 「また、既に何らかの原因で安静を必要とする脳・心臓疾患を発症又は増悪した後、引き続き業務に従事せざるを得ないような状況の下で業務に従事し、その結果、脳・心臓疾患を増悪させ又は増悪により死亡した場合があり、そのような経過をたどり増悪した脳・心臓疾患についても、業務に起因することの明らかな疾病として取り扱うものである。」

〈改定意見の理由〉

 認定基準は、第1の「基本的な考え方」において、「業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合」に、「業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因することの明らかな疾病として取り扱う」とし、1987年10月26日基発第620号の認定基準以来の相対的有力原因説を堅持し、「相対的に有力な原因」の内容を、業務が血管病変等の自然経過を超えて著しく増悪させて脳・心臓疾患が発症させた場合であると定義した。

 旧認定基準が「業務が急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし、血管病変等をその自然経過を超えて急激に著しく増悪させ発症に至った場合には、業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因することが明らかな疾病とする」としているのに対し、認定基準が「急激に」の文言を削除したことは評価できる。

 しかし、近時、脳・心臓疾患発症のリスクファクターを有する高齢者の雇用拡大が期待されているが、業務による過重負荷が基礎疾患等を自然経過を超えて著しく増悪させなければ救済されないとすると、特に基礎疾患等を有する高齢者の救済が厳しく限定されるおそれがある。

 [最判1-(1)]は、血管病変等の自然経過を超える増悪が「急激に」であることも「著しく」であることも必要であると判示しておらず、また、[最決(3)]は、[最判1-(1)]に従って労働者側を勝訴させた[判例1-(1)-(1)]を是認し、厚生労働省の上告受理申立てを受理しない旨の決定をした。さらに、[最判1-(1)]の後に言い渡された下級審判例のうち、[判例1-(1)-(2)]、[判例1-(1)-(4)]、[判例1-(1)-(6)]、[判例1-(1)-(8)]、[判例1-(1)-(9)]、[判例1-(1)-(12)]、[判例1-(1)-(16)]、[判例1-(1)-(17)]、[判例1-(2)-(2)]、[判例1-(2)-(3)]、[判例1-(2)-(4)]、[判例1-(2)-(5)]、[判例1-(2)-(7)]、[判例2-(2)]、[判例2-(4)]、[判例3-(1)]、[判例3-(2)]及び[判例3-(3)]が「急激に」も「著しく」も不要と判示しているものであり、下級審判例の多くが[最判1-(1)]に従った判断を示しているものである。

 それにもかかわらず、医学専門家と法律専門家が参集して検討した結果をまとめた専門検討会報告書及び認定基準は、なぜ「著しく」の文言を残したのかについて医学的にも法理論的にも全く根拠を示していない。

 また、貴省は、認定基準の制定により、「相対的に有力な原因」な業務の内容を変更しており、この変更の経過からすれば、「相対的に有力な原因」の内容自体、極めて曖昧かつ政策的な意味合いの強いものであるから、貴省が採用する「相対的有力原因説」は法理論的には全く破綻しているというべきである。

 そこで、貴省は、「急激に」の文言だけでなく、「著しく」の文言も削除すべきである。

 さらに、後記第2のとおり、治療機会喪失事案についても、「業務上」と認定するよう改定すべきである。

 よって、貴省は、第1の「基本的考え方」を上記のとおり改定すべきである。

第2 認定要件の改定の必要性

〈改定意見の趣旨〉

 貴省は、下記のとおり、治療機会喪失事案についても「業務上」と認定するよう、第3の認定要件に追加すべきである。

 「脳・心臓疾患を発症又は増悪し、直ちに安静を保ち適切な治療等を受ける必要があったにもかかわらず、引き続き業務に従事せざるを得ない状況の下で業務に従事し、その結果、脳・心臓疾患を増悪させ又はその増悪により死亡したこと」

〈改定意見の理由〉

 [最判2-(1)]は、労作型の不安定狭心症を発症した当日及び翌日に公務に従事した高校体育教諭が、入院の上適切な治療と安静を必要とし、不用意な運動負荷をかけると心筋梗塞に進行する危険の高い状況であったにもかかわらず、直ちに安静を保つことが困難で、引き続き公務に従事せざるを得ず、その結果心筋梗塞を発症して死亡した事案につき、同教諭の死亡は「公務上」の死亡に該当すると判断した。

 [最判2-(1)]は、このような治療機会喪失事案についても「業務上」とすることを提起したにもかかわらず、報告書は、脳・心疾患の発症後に業務のため治療機会を喪失した事案の救済の必要性について全く検討しておらず、認定基準も、このような事案について「業務上」と認定する途を閉ざしたが、救済範囲を狭くするものであり、批判されるべきである。

 ところで、貴省が2000年10月12日に脳・心臓疾患の認定基準の見直しを発表した前後に、中央労基署長(永井製本)事件・東京高裁2000年8月9日判決(労判797号)及び尼崎労基署長(森永製菓塚口工場)事件・大阪高裁2000年11月21日判決(労判800号)は、治療機会の喪失を理由に、被災労働者の死亡は「業務上」の死亡に該当すると判断した。

 これに対し、貴省は、いずれの事件も上告受理申立てをして、上告受理申立理由につき、両事件で要件論の内容、位置づけについて食違いが見られるものの、要旨、

  • 労働者の死亡等が「業務上」のものと認めるためには、条件関係だけでは足りず、相当因果関係が必要であり、
  • 治療機会喪失事案においては、「労働者にとっては遂行中の業務を中断して職場を離れ得ない事情がある場合、あるいは自宅等での発症でも休暇を取得し得ず、出勤を余儀なくされる場合等引き続き業務に従事せざるを得ないような客観的状況に置かれる場合」に例外的に相当因果関係が認められるとし、
  • その要件として、(1)安静治療の必要性、(2)治療機会の可能性、(3)労働者自身による体調不良の認識、(4)当該就業の不可避性が認められることが必要である、

とし、治療機会喪失事案の「業務上」認定の範囲は限定されるべきであると主張した。

 しかしながら、[最決2-(4)]及び[最決2-(5)]は、それぞれ上記原審高裁判決を相当とし、貴省の上告受理申立てを受理しない旨の決定をし、貴省の治療機会喪失事案救済限定論を採用しなかったものである。

 最高裁判例は、治療機会喪失事案について、従来の業務過重性判断とは別個の、業務と発症との相当因果関係を認める一類型を新たに認めたものであり、貴省が治療機会喪失事案について「業務上」と認定せずに救済を拒否していることは、最高裁判例に違反しているというべきである。

 したがって、貴省は、治療機会喪失事案の救済拒否の政策を転換し、上記のとおり同事案についても「業務上」と認定するよう、第3の認定要件に追加すべきである。

 そして、治療機会喪失事案の業務起因性は、(1)安静治療の必要性と、(2)発症後に業務に従事せざるを得なかったことを、疾病の性質や症状(自覚症状、他覚所見)の程度、進行状況、業務の内容及び性質、被災労働者の地位及び責任の内容、人員配置などの職場環境、発症後の業務の具体的遂行状況、発症後の使用者の対応状況等の事情を総合して、判断すべきである。

第3 過重負荷評価基準の改定の必要性

 認定基準が、旧認定基準の「当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある者」に加えて「基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者」も過重負荷評価基準の対象として、基準を緩和したことは評価できる。

 しかし、以下の問題点があり、認定基準第4の2の(2)のウの(ア)は改定されるべきである

1 当該被災労働者を基準とすることの相当性

〈改定意見の趣旨〉

 貴省は、下記のとおり、業務による過重負荷を当該被災労働者を基準として評価するよう、認定基準第4の2の(2)のウの(ア)を改定すべきである。

 「特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、当該労働者にとって、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かを判断する。」

〈改定意見の理由〉

 [最判1-(1)]は、被災労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある同僚又は同種労働者にとっても特に過重な精神的・身体的負荷を生じさせたと認められるか否かを全く検討することなく、被災労働者の従事した業務が、同人にとって、過重な精神的・身体的負担を生じさせ得る質的に又は量的に過重な業務であり、同人の動脈瘤の血管病変を自然経過を超えて増悪させ、くも膜下出血発症に至る原因となったことを認め、当該被災労働者を過重負荷評価基準にするのが相当であると判示した。また、[最判1-(1)]の後に言い渡された下級審判例のうち、少なくとも、[判例1-(1)-(2)]、[判例1-(1)-(4)]、[判例1-(1)-(5)]、[判例1-(1)-(6)]、[判例1-(1)-(13)]、[判例1-(2)-(3)]、[判例1-(2)-(4)]、[判例1-(2)-(5)]及び[判例2-(1)]は、実質的には[最判1-(1)]に従って当該被災労働者を基準にして過重負荷を評価していると考えられる。この裁判例の動向は、脳・心臓疾患の発症には個体差を無視することはできず、また、平均的労働者基準説を形式的に貫徹すると日常業務が過重である場合には実質において不合理な結果をもたらすことによるものである。したがって、同種労働者を過重負荷評価基準とする認定基準は、最高裁判例及び多くの下級審判例に違反しているというべきである。

 また、高齢者や身体に障害を有する者の雇用拡大が期待される近時の雇用状況に照らしても、あくまで同種労働者を過重負荷評価基準とするのでは救済範囲を狭くするものというべきである。

 よって、貴省は、上記のとおり、業務による過重負荷を当該被災労働者を基準として評価するよう、認定基準第4の2の(2)のウの(ア)を改定すべきである。

2 同種労働者のうち最も弱い者を基準とすることの相当性

〈改定意見の趣旨〉

 仮に当該被災労働者を過重負荷評価基準にするのが相当でないとしても、貴省は、下記のとおり、業務による過重負荷を同種労働者のうち脳・心臓疾患発症の危険に対する抵抗力が最も弱い者を基準とし、当該被災労働者の基礎疾患等が通常想定される範囲を外れるものでない限り、当該被災労働者を基準として評価するよう、認定基準第4の2の(2)のウの(ア)を改定すべきである。

 「特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、当該労働者と同種労働者(職種、職場における地位や年齢、経験等が類似する者で、業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者)の中で脳・心臓疾患発症の危険に対する抵抗力が最も弱い者(ただし、同種労働者の基礎疾患等の多様さとして通常想定される範囲内の者)にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かを判断するが、当該労働者の基礎疾患等が同種労働者の基礎疾患等の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、当該労働者にとって、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かを判断して差し支えない。」

〈改定意見の理由〉

 [判例2-(2)]は、過重負荷評価基準を「同種労働者(職種、職場における地位や年齢、経験等が類似する者で、業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者)の中でその性格傾向が最も脆弱である者(ただし、同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者)をと」し、「同種労働者の中でその性格傾向が最も脆弱である者を基準とするということは、被災労働者の性格傾向が同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、当該被災労働者を基準と」するのが相当とした(判決書104頁)。この控訴審判決である[判例2-(4)]は、[判例2-(2)]が判示した基準を是認した上で、この基準は精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書及び心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針(1999年9月14日基発第544号)と共通していると判示し(判決書50頁)、貴省に対し、過重負荷評価基準を見直すよう提起したものである。

 また、[判例1-(1)-(9)]及びこの控訴審判決である[判例1-(1)-(12)]は、基礎疾患等により日常業務を支障なく遂行することができなくても、通常の軽作業に従事することが可能な労働者を基準として、すなわち脳・心臓疾患発症の危険に対する抵抗力が最も弱い者を基準として、業務の過重性を判断すべきであると判断したものである。

 したがって、貴省は、上記のとおり、業務による過重負荷を同種労働者のうち脳・心臓疾患発症の危険に対する抵抗力が最も弱い者を基準とし、当該被災労働者の基礎疾患等が通常想定される範囲を外れるものでない限り、当該被災労働者を基準として評価するよう、認定基準第4の2の(2)のウの(ア)を改定すべきである。

第4 過重負荷要因の改定の必要性

 認定基準が、過重負荷要因として、

(1) 労働時間につき、発症日を基点とした1か月単位の連続した期間をみて、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価でき、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できると明示したこと、

(2) 労働時間以外の要因として、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い勤務、交替制勤務・深夜勤務、作業環境(温度環境、騒音、時差)、精神的緊張を伴う業務を明確化したこと、

は評価できる。

 しかし、以下の問題点があり、認定基準第4の2の(2)のウの(ウ)及び第4の2の(2)のエの(イ)は改定されるべきである

1 発症との関連が強い時間外労働時間数(労働の量)の改定の必要性

〈改定意見の趣旨〉

 貴省は、下記のとおり、認定基準第4の2の(2)のエの(イ)において定める、業務と発症との関連性が強いとされる時間外労働時間数を改定すべきである。

 「発症日を基点とした1か月単位の連続した期間をみて、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1週間当たり15時間、4週間当たり60時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること」

〈改定意見の理由〉

 認定基準の改定後、各地で行政処分取消訴訟係属中及び労働保険審査会再審査請求中の脳・心臓疾患の労災保険給付不支給処分事件について、労基署が自らの誤りを認めて支給処分を行った。この点は評価できるが、発症前1か月間に100時間以上又は6か月間に80時間以上の時間外労働をしていたことが認められる事例が多い。

 しかしながら、1か月当たり45〜80時間の時間外労働をしている労働者は相当数おり、この程度でも過労死しているのが現実であり、特に交替制勤務や不規則勤務に従事している労働者は、1か月当たりの時間外労働が45時間以下でも過労死しているのが現実である。認定基準が定める時間外労働時間数を形式的に適用するならば、高いハードルを設定して、かえって認定基準が業務外とする基準となる危険が高く、多数の脳・心臓疾患を発症した労働者の救済が閉ざされる危険性が高い。

 実際に、現場の実務では、業務との関連性が強いとされる時間外労働時間数を超えていれば比較的早期に業務上の認定がなされるようになったが、認定基準が業務との関連性が強いとする、発症直前1か月当たりおおむね100時間を超える時間外労働、又は発症前2か月ないし6か月にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働をしていなければ、杓子定規に適用されて、業務外の認定をされて救済が拒否されている例が多い。

 これに対し、近時の下級審判例([判例1-(1)-(10)]、[判例1-(1)-(11)]、[判例1-(1)-(13)]、[判例1-(1)-(16)]、[判例1-(1)-(17)]、[判例1-(2)-(4)]、[判例1-(2)-(6)]及び[判例1-(2)-(7)])は、必ずしも認定基準が業務との関連性が強いとする時間外労働時間数に達していなくても、不規則勤務、交替制・深夜勤務、出張業務、精神的緊張を伴う業務の性質・内容等の労働の質の過重性を重視して、「業務上」の認定をしているところである。

 それでは、認定基準が業務との関連性が強いとする時間外労働時間数は合理的な根拠があるといえるのか。

 認定基準が定めた時間外労働時間数の根拠は、旧総務庁「平成8年社会生活基本調査報告」及び(財)日本放送協会「2000年国民生活時間調査報告書」を基に、労働者の1日の平均的な生活時間として「仕事(拘束時間)」の時間9時間、「睡眠」の時間7.4時間、「食事等」の時間5.3時間、「余暇」の時間2.3時間とした(98頁)上で、「1日6時間程度の睡眠が確保できない状態は」、「1日の労働時間が8時間を超え、4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これが1か月継続した状態は、おおむね80時間を超える時間外労働が想定される」、また、「1日5時間程度の睡眠が確保できない状態は」、「1日の労働時間8時間を超え、5時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これが1か月継続した状態は、おおむね100時間を超える時間外労働が想定される」(96頁)とし、「1日7.5時間程度の睡眠が確保できる状態」は、「1日の労働時間8時間を超え、2時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これは、1か月おおむね45時間の時間外労働が想定される」(97頁)と報告していることにある。

 しかし、報告書は、「仕事(拘束時間)」の時間を、1日の法定労働時間8時間と休憩時間1時間を足した9時間とし、これを大前提として、「睡眠」、「食事等」、「余暇」の各時間を算定しているが、その根拠を何ら示しておらず、専門検討会において検討した様子は全く見受けられない。このように生活時間の算定根拠が曖昧であり、また、特に首都圏の労働者が往復の通勤に3〜4時間をかけている例が珍しくないのが実態であることからすると、各時間数の算定には疑義がある。

 また、労働者の1日の平均的な生活時間である「余暇」の時間2.3時間のうち0.1時間を「睡眠」の時間に充てて7.5時間の睡眠時間を確保し、人間の生理的に必要な時間と通勤時間を足した時間である「食事等」の時間を5.3時間のままとすると、残りの「余暇」の時間2.2時間を時間外労働に充てることができるが、そうすると、「余暇」の時間が全くなくなってしまい、総務庁及び日本放送協会の調査においても現代の日本人が特に新聞・ラジオ・テレビに多くの時間を割いている傾向にあることが報告されていることと合致しない。

 そして、1日の「睡眠」の時間が6時間又は5時間である場合、「余暇」の時間を0時間にし、「食事等」の時間を5.3時間のままとすると、1日の時間外労働時間は3.7時間又は4.7時間となり、月換算ではおおむね80時間又は100時間となるが、現実の通勤時間や余暇時間を考えると、やはり報告書の算定は実態に合致していないというべきである。

 1日8時間労働の原則を定め、労働者の人たるに値する生活を保障した労働基準法の趣旨、労働者の福祉の増進に寄与することを目的とした労災保険法の趣旨からすれば、1日の「余暇」の時間が0時間で、労働者が生活するのに必要な「食事等」の時間も削らなければならないほどの時間数の時間外労働に従事しなければ、脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価せずに補償を拒否するのは、高いハードルを設定して、かえって業務外の判断をする危険性が高く、何ら合理的な根拠はないというべきである。

 しかも、報告書は、1日3時間程度、月60時間程度の時間外労働は脳・心臓疾患の発症との関連性が強いとの医学研究報告を紹介しているが(92〜94頁)、これらの報告によれば、報告書と認定基準のいう脳・心臓疾患の発症との関連が強い時間外労働時間数は、医学的な研究結果と合致せず、医学的な根拠を有しないといわざるを得ない。

 そして、いわゆる36協定の労働時間の延長の限度等に関する基準を定めた1998年12月28日労働省告示154号が1週間の延長時間の限度を15時間と定めていることに鑑みれば、発症前1か月ないし6か月間にわたって、1週間あたり15時間、4週間あたり60時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと判断すべきである。

 したがって、貴省は、上記のとおり、業務と発症との関連性が強いとされる時間外労働時間数を改定すべきである。

2 労働時間以外の要因(労働の質)の改定の必要性

ア 不規則な勤務について

 認定基準における「不規則な勤務」は、予定された業務のスケジュールや内容の変更を意味し、早出や遅出がある勤務形態を含まず、範囲が限定されている。

 しかし、[最判1-(1)]は、不規則勤務の過重性を判断するにあたって、このような限定をしておらず、[判例1-(1)-(13)]も不規則勤務自体の過重性を認めていることからすれば、この認定基準は判例に違反しているというべきである。

 したがって、貴省は、不規則な勤務があればこれ自体を過重負荷の要因とするよう認定基準を改定すべきである。

 また、人事院の「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について」と題する通知(2001年12月12日勤補-323)が「早出、遅出等不規則勤務」を過重負荷の評価事情に挙げていることからすれば、認定基準も「不規則な勤務」に早出、遅出等の勤務を追加すべきである。

イ 交替制勤務、深夜勤務について

 認定基準は過重負荷の評価事情として「交替制勤務、深夜勤務」を挙げているが、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準の運用上の留意点等について」と題する事務連絡(2001年12月12日基労補第31号)は、「交替制勤務が日常業務としてスケジュールどおり実施されている場合や日常業務が深夜時間帯である場合に受ける負荷は、日常生活で受ける負荷の範囲内と評価される」としており、勤務シフトの変更等がある場合に限定している。

 しかし、報告書では紹介されていないが、1998年度労働省委託研究報告書「深夜業の健康影響に関する調査研究」(1999年2月、産業医科大学)によれば、深夜勤務自体が血圧等身体に影響を及ぼす可能性が指摘されていること、また、人事院の認定指針が何らの限定をせずに過重負荷の評価事情として「深夜勤務、交替制勤務、宿直勤務」を挙げていること、さらに、[判例1-(2)-(4)]、[判例1-(2)-(6)]及び[判例1-(2)-(7)]が交替制・深夜勤務自体の過重性を認めていることからすれば、長期間にわたる交替制勤務や深夜勤務に従事していた場合にはそれ自体をもって過重負荷と評価するよう改定すべきである。

 そして、第6回専門検討会において配布されたドラフトには、「日本産業衛生学会交代勤務委員会の意見書やILO、NIOSH等の健康影響の予防としての勧告を参照したおおよその予防的な労働態様である、(1)深夜業を含む勤務回数が1ヶ月に10回以下であること、(2)深夜勤務が連続して5夜以上続かないこと、(3)深夜勤務前あるいは深夜勤務後のシフトとの間隔が8時間未満であるような勤務が週2回以下であることなどを参考にして、業務がこれらの勧告よりも著しく過重であり、業務による疲労の発生とその蓄積をもたらさない休息や睡眠をとる時間的余裕がなかったかが過重性の評価の目安となる」と記載されているが、報告書では何故か脱落している。業務の過重性を判断するに当たっては、これらの勧告を無視する理由はなく、逆にこれを重視すべきであり、勧告を超える回数の深夜勤務をし、その回数が多くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価すべきである。

ウ 作業環境について

 認定基準は、作業環境については、「脳・心臓疾患の発症との関連性が必ずしも強くない」ことを根拠に、過重性の評価に当たっては付加的にしか考慮しないとしている。これに対し、人事院の認定指針が「通常の日常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務」として「暴風雨、寒冷、暑熱等の特別な業務環境の下での業務を長時間にわたって行っていた場合」を挙げ、また、地方公務員災害補償基金の「心・血管疾患及び脳血管疾患等の職務関連疾患の公務上災害の認定について」と題する通知(2001年12月12日付け地基第239号)が時間外勤務の評価とともに評価する職務従事状況等の要因として「著しい騒音、寒暖差、頻回出張等不快、不健康な勤務環境下における職務従事状況」を挙げており、いずれも「付加的」に評価するとの限定をつけていないことからすれば、認定基準においても、作業環境を「付加的」にではなく、他の要因と並列的に過重負荷の評価をするよう改定すべきである。

 作業環境のうち、温度環境について、認定基準は、「なお、温度環境のうち高温環境については、脳・心臓疾患の発症との関連性が明らかでないとされていることから、一般的に発症への影響は考え難いが、著しい高温環境下で業務に就労している状況が認められる場合には、過重性の評価に当たって配慮すること」としているが、第6回専門検討会において配布されたドラフトには、「高温環境では循環器系への負担が大きいが、脳・心臓疾患の罹患率や死亡率を高めるとの調査結果はあまり得られていない」と記載されており、「高温環境については、脳・心臓疾患の発症との関連性が明らかでない」との認定基準の記載は意図的に高温環境下での作業の負荷を過小評価したものというべきである。したがって、上記のなお書きは削除すべきである。

 また、第6回専門検討会において配布されたドラフトには、「冬季における屋外作業(農林水産業、土木・建設作業、保線・港湾作業、陸海上運輸業、除雪作業など)、多量の液体空気やドライアイスなどを取り扱う業務、冷蔵庫・製氷庫・貯氷庫・冷凍庫などの内部で行う作業、あるいは生鮮食料品の加工・包装・流通職場などが、脳・心臓疾患を引き起こす可能性がある業務に該当する」と記載されているが、専門検討会報告書では何故か脱落している。専門検討会報告書が上記の記載を何らの理由もなく脱落させた合理性はなく、上記のドラフトのとおり、これらの業務に従事していた場合にはそれ自体をもって過重負荷と評価するよう改定すべきである。

エ 精神的緊張を伴う業務について

 認定基準は、精神的緊張を伴う業務として、労働災害や重大な事故・災害の遭遇、仕事上の大きなミス、ノルマの不達成、異動、業務上のトラブルを発症に近接した時期に限定している。

 しかし、精神障害等の判断指針は、上記のライフイベントが精神疾患発症前6か月間に発生した場合は心理的負荷があることを認めている。これに対し、第10回専門検討会の議事録によれば、上記の出来事を、「日常的に精神的緊張を伴う業務上の出来事」とは別に、「発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出来事」に分けた理由として、座長は「分かりやすくする」としか説明しておらず、結局区別することには何らの合理的な理由はないのである。

 したがって、認定基準も「精神的緊張を伴う業務」を「日常的に精神的緊張を伴う業務」と「発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出来事」を区分せず、後者の出来事が発症前6か月間に発生した場合でも「精神的緊張を伴う業務」と評価するよう改定すべきである。

以上

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