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心理的負荷による精神障害の認定基準の改定を求める意見書 (20170711.pdf)

                 意見書
厚生労働大臣 塩 崎 恭 久 殿
                      過労死弁護団全国連絡会議
                          代表幹事 弁護士 岡 村 親 宜
                          代表幹事 同 水 野 幹 男
                          代表幹事 同 松 丸 正
                           幹事長 同 川 人 博
平成29年7月11日
心理的負荷による精神障害の認定基準(基発1226第1号 平成23年12月26
日)「第5 精神障害の悪化の業務起因性」の改定を求める意見書を、下記のとおり、提出
する。
                   記
第1 意見の趣旨
心理的負荷による精神障害の認定基準(基発1226第1号 平成23年12月26
日)(以下「認定基準」という。)「第5」につき、
「精神障害の悪化の業務起因性」を認める要件として、「特別の出来事」を要するとして
いる内容を改め、精神障害の悪化前に業務による強い心理的負荷が認められれば、悪化に
つき業務起因性を認めることとするよう、改正を求める。
第2 意見の理由
1 現在の認定基準が不合理であり、憲法、法律の趣旨に反する
 現在の認定基準は「特別な出来事」に該当する出来事がなければ、対象疾病が悪化し
た場合に業務上の疾病とは扱われないことになっている。
しかし、労災認定で問題になっている事案では、「特別な出来事」に該当する出来事が
ない場合でも、発病について業務起因性が認められるような強い心理的負荷を受け、 そ
の結果精神障害が悪化した場合もある。発病したら業務上と認定できるほどの強い心
理的負荷があって、精神疾患が悪化した場合に、発病した後であったからといって業務
起因性が否定されるのは不合理である。
 そもそも、現行の精神障害に関する労災認定基準が、一方で、精神障害を発病してい
ない労働者に対して、「強」の業務上心理的負荷が加わって精神障害が発病した場合には、
業務起因性を肯定し労災保険金を給付するとしながら、他方で、精神障害を発病してい
る労働者に対して、同様の「強」の業務上の心理的負荷が加わって精神障害が悪化した
場合には、業務起因性を否定し労災保険金を給付しないとしていることは、憲法14条
1項、憲法27条、及び障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年
法律第65号)第7条の趣旨に反している。
 すなわち、憲法第14条1項は、すべて国民は、法の下に平等であって、社会的身分
等により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない旨規定している。上
記認定基準の上記該当部分は、精神障害を有することを理由にして、労災保険給付とい
う経済的・社会的関係において、差別を行うことを意味しており、憲法の同条項に違反
する内容となっている。
 また、憲法27条1項は、「すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負ふ」と定めてい
る。豊橋労基署長(マツヤデンキ事件)・名古屋高裁平成22年4月16日判決は、「労
働に従事する労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく、身体に障
害を抱えている労働者もいるわけであるから、仮に、被控訴人の主張が、身体障害者で
ある労働者が遭遇する災害についての業務起因性の判断の基準においても、常に平均的
労働者が基準となるというものであれば、その主張は相当とはいえない。このことは、
憲法27条1項が『すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負ふ。』と定め、国が身体障
害者雇用促進法等により身体障害者の就労を積極的に援助し、企業もその協力を求めら
れている時代にあっては一層明らかというべきである。」と判示し、身体障害者について
本人を基準に業務過重性の判断をすると明示した。この判決は、労働に従事する労働者
は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけでないから、これを考慮しない労災の認
定基準は憲法27条1項の趣旨に照らして相当でない旨判示しているのである。 労働
者の中には「精神障害を発病している労働者」もいるのであるから、その者に平均的労
働者であれば精神疾患を発病するような「強」の業務上の心理的負荷が加わった場合に
も業務上と認めず、労災給付金を給付しないのであれば、このような者が労災補償を受
けることができないことを前提に勤務しなければならず、憲法27条1項に照らして問
題である。
 さらに、憲法27条2項は、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、
法律でこれを定める」と規定し、労働条件について法律で基準を設定することを要請し
ている。「精神障害を発病している労働者」にほとんど労災の給付をしないというのであ
れば、勤労条件の法定を定めた憲法27条2項の趣旨にも違反する。
 さらに、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号)
第7条は、「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害を理由として障害者
でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはなら
ない」と規定している。同条の趣旨からすれば、障害者の範囲は幅広く解すべきであり、
上記認定基準の上記該当部分は、この法律の趣旨にも違反している。
 このように現行認定基準が、精神障害の悪化の業務起因性が認められる場合を「特別
な出来事」があった場合にのみ限定し、「強」の心理的負荷が認められても、精神障害の
悪化の業務起因性を否定することは、憲法14条1項、憲法27条、障害を理由とする
差別の解消の推進に関する法律の趣旨に違反するものである。
2 現在の認定基準には合理性がない、という判決が確定していること
 アピコ関連事件・名古屋地裁平成27年11月18日判決は、「前記認定基準によれ
ば、健常者であれば、(「特別な出来事」以外の)精神障害の発症及びそれによる死亡の
危険性が認められるような心理的負荷の強度が「強」と認められる出来事があった場合
には、業務起因性が認められることになるのに対し、既に精神障害を発症している者に
ついては、発症後、死亡前6か月の間に同様の心理的負荷が生じる出来事があっても、
既に精神障害を発症しているという一事をもって業務起因性は否定されることになる。
 しかし、このような判断が精神科医等の専門家の間で広く受け入れられている医学的
知見であるとは認められず(甲B38の1・5~9頁(引用者注:判決が引用している
証拠は第5回精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会議事録の後半部分である。)、
既に精神障害を発症している者に、健常者でさえ精神障害を発症するような心理的負荷
の強度が「強」と認められる出来事があった場合であっても、『特別な出来事』がなけれ
ば一律に業務起因性を否定するということには合理性がないというべきである。」と判示
し、認定基準を批判している。
 これを不服として国が控訴した同事件・名古屋高等裁判所平成28年12月1日判決
は、「認定基準は、上記別表(認定基準の別表1〔業務による心理的負荷表〕)に掲げら
れ客観化された各出来事のうち『特別な出来事』に該当する出来事がない場合でも(略)
その心理的負荷の評価が『強』と判断される場合を, 労働者に生じた精神障害を業務上の
疾病として扱う要件の一つとしている(証拠)。そうすると、その心理的負荷の評価が『強』
と判断される業務上の『具体的出来事』(略)は、労働者の個体側要因である脆弱性の程
度にかかわらず、平均的な労働者にとって、業務による強い『心理的負荷』であり、精
神障害を発病させる危険性を有すると認められるのであるから, 既にうつ病を発病した
労働者にとっても、当該『具体的出来事』自体の心理的負荷は『強』と判断されるはず
である。」「認定基準が、健常者において精神障害を発病するような心理的負荷の強度が
『強』と認められる場合であっても、『特別な出来事』がなければ一律に業務起因性を否
定することを意味するのであれば、このような医学的知見が精神科医等の専門家の間で
広く受け入れられていると認められないことは、補正して引用した原判決が説示すると
おりであり、上記のような疑問あるいは『特別な出来事』がなければ一律に業務起因性
を否定することは相当ではないとの考え方は、認定基準の策定に際しての専門検討会で
の議論の趣旨にも合致すると解される。」と判示し、同様に専門検討会の議論を踏まえて
認定基準を批判している。
 ちなみに、同名古屋高裁判決理由では、2人の国側精神科医の意見(うつ病悪化事案
では脆弱性が強いから健常者と同様に評価することはできない等)との意見を、明確に
排斥している。
 この判決に対し、国は上告、上告受理申立をせず、確定している。認定基準の「特別
な出来事」がなければ業務起因性を否定するという判断の基準が不合理であることは明
白である。
3 「特別な出来事」がなければ業務起因性を否定することは相当ではないとの考え方は、
専門検討会での議論の趣旨に合致すること
 精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会の第5回の検討会(平成23年4月1
4日開催)において、岡崎座長は「今日のところは発病後にも心理的な負荷が非常に強
い、ないしは極度の出来事があった場合には業務上であると認めるということでは、先
生方のご意見は大体一致したのではないかと思います。」として、発病の際に認定に必
要な非常に強い心理的負荷、ないしは極度の出来事があった場合には業務起因性を認め
てよいと議論をまとめている。
 名古屋地裁平成27年11月18日判決が、上記のように認定基準について「このよ
うな判断が精神科医等の専門家の間で広く受け入れられている医学的知見であるとは認
められず」としたのは、第5回の専門検討会の議事録のこの部分を指摘している。名古
屋高裁平成28年12月1日判決は、「上記のような疑問あるいは『特別な出来事』がな
ければ一律に業務起因性を否定することは相当ではないとの考え方は、認定基準の策
定に際しての専門検討会での議論の趣旨にも合致すると解される。」として、「特別な出
来事」がなければ業務起因性を否定することが相当ではないことは、専門検討会の議論
と合致すると指摘しているのもこの部分の指摘を示している。
 専門検討会においてなされた議論を踏まえれば、「特別な出来事」がなければ業務起
因性を否定するような認定基準は不合理である。上記判決はそのことを指摘しているの
であり早急に改正が求められている。
第3 結論
 国は、上記名古屋高裁判決に対し、上告、上告受理申立をしなかったのであり、この内
容に即して、直ちに認定基準を改正すべきである。
 なお、本論点を含め、精神障害・自殺に関する認定基準全般について、当弁護団は、平
成21年11月18日付意見書(「判断指針」から現行「認定基準」に変わる前の段階)に
貴省に対して意見書を提出しているので、それらも参照されたい。
以上

公開日時:2017年7月11日(火)

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