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心理的負荷による精神障害の労災認定基準の改定を求める意見書

2018心理的負荷による精神障害の認定基準改定意見書の内容

2018年5月23日
過労死弁護団全国連絡会議

第1 認定基準とは

1 認定基準とは

「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」)は、厚労省が制定。精神障害を発症、自殺について労働基準監督署が労災の認定するときにもちいられる基準。

2 認定基準制定の経緯

1999年9月14日に制定された「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第544号。以下、「判断指針」という。)は、それ以前の原則業務外との取扱いが転換され、相当数の事案が労災認定されるようになった。
当弁護団は、2004年11月22日付、2009年11月18日付、2011年6月6日付で意見書を提出している。
2010年10月15日、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」(以下、「専門検討会」という。)を立ち上げ、2011年12月26日に「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発1226第1号。以下、「認定基準」という。)を制定している。

第2 現行の認定基準の概要

1 認定要件

1 対象疾病を発病していること。
2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。

2 強い心理的負荷とは

 心理的負荷の強度はどの程度であるかについて、別表 1「業務による心理的負荷評価表」(以下「別表1」という。)を指標として「強」、「中」、「弱」の三段階に区分する。
  なお、別表1においては、業務による強い心理的負荷が認められるものを心理的負荷の総合評価が「強」と表記し、業務による強い心理的負荷が認められないものを「中」又は「弱」と表記している。「弱」は日常的に経験するものであって一般的に弱い心理的負荷しか認められないもの、「中 」は経験の頻度は様々であって「弱」よりは心理的負荷があるものの強い心理的負荷とは認められないものをいう。

3 認定基準の改定の必要性

 (1) 制定後相当期間が経過
   2011年12月から6年半
 (2) この間、裁判例の蓄積などで様々な不十分点が明らかになってきた
 (3) 過労死防止法制定以前にできたもの

第3 認定基準改定の内容

1 パワーハラスメント等の評価を適切に

(1) 「いじめ・嫌がらせ」を明確化
ア これまで「いじめ・嫌がらせ」がなにかはっきり書いていない。
  イ 改定意見では、以下の内容を指摘した。業務の適切な範囲を超える場合がポイントになることを明確にしている。
①「優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること」
②「業務の適正な範囲を超えて行われること」
③「身体的若しくは精神的な苦痛を与えること又は就業環境を害すること」
(2) 「いじめ・嫌がらせ」により労災と認められる心理的負荷が「強」となる例の改定
ア これまで「人格や人間性を否定する言動」であって「執拗」なものでないと認められなかった。
 イ 改定意見では、言葉の内容が人格を否定していなくても「業務指導の範囲を逸脱」した言動が 「継続」した場合、それによって「人間関係悪化」した場合、「適切な対応・改善がない」場合も「強」と認定されるべきとした。
(3) 上司とのトラブル
 ア これまで「業務を巡る方針等」「周囲から認識される」「客観的」「上司との大きな対立」「業務に大きな支障」があった場合に「強」としていた。
 イ 改定意見では、「業務指導の範囲内である強い指導・叱責」が「継続」している場合、 「研修や教育が著しく不十分な状態において、業務指導の範囲内である指導・叱責」が「継続」している場合にも「強」と認定されるべきとした。
(4) 同僚とのトラブル
 ア これまで「客観的」「多数の同僚」「大きな対立」「業務に大きな支障」があった場合に「強」としていた。
 イ 改定意見では、「「大きな対立」「業務に大きな支障」があれば「強」と認定されるべきとした。   
(5) 部下とのトラブル
 ア これまで「客観的」「多数の部下」「大きな対立」「業務に大きな支障」があった場合に「強」としていた。
 イ 改定意見では「大きな対立」「業務に大きな支障」があれば「強」と認定されるべきとした。

2 時間外労働時間数の評価を改めるべきである

 (1) 時間外労働が1か月65時間程度あった場合に起因性を認めるべき
  ア これまでの認定基準において時間外労働については以下のような基準があった。
(ア)「極度の長時間労働」
「1か月 160時間」の場合に「強」とする。
(イ) 時間外労働を「出来事と」しての評価
「120時間連続2か月」「100時間連続3か月」の場合「強」とする。
「80時間」の場合「中」とする。
  (ウ)恒常的長時間労働
「心理的負荷のある出来事+100時間」「業務量が増加して100時間」の場合「強」とする。
  イ 改定意見では次のように認定されるべきとした。
  (ア)「極度の長時間労働」
     「1か月 120時間」の場合に「強」とする
  (イ)発病前2か月ないし6か月間にわたり1か月当たりおおむね65時間程度の時間外労働を行った場合に、心理的負荷の総合評価を「強」とする。
     45時間程度の場合「中」とする。
(ウ)恒常的長時間労働
「心理的負荷のある出来事+65時間」「業務量が増加して65時間程度」の場合「強」とする
(2) 複数事業場で働く場合は合算するべき
  ア これまでの認定基準
複数の事業場における労働の場合(いわゆるダブルワーク)には明確な基準ない。実務的には認められない例もある。
  イ 改定意見
複数の事業場における労働の場合(いわゆるダブルワーク)の労働時間の負荷を合算して評 価する。

3 その他の重要な改定要求

(1)「業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと」を要件から削除するべきである
ア これまでの認定基準の認定要件
1 対象疾病を発病していること。
 2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。
イ 改定意見
  1 対象疾病を発病していること。
 2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
  の2点で良い。
ウ 理由
 ① 「心理的負荷による精神の障害」が労働基準法施行規則別表第1の2の9号に定める具体的列挙疾病とされている
 ② 業務による心理的負荷が「強」と判断されたものであって、このうち『業務以外の心理的負荷』及び『個体側要因』により当該精神障害を発病したとして業務外とされた実例はない
(2)「慢性及び急性の心理的負荷」と相当因果関係の認められる精神障害の発症・悪化と自殺を労災補償の対象とし、心理的負荷の強度は同種労働者の中でそのストレスの耐性が最も脆弱である者(被災労働者のストレスの耐性が同種労働者のストレス耐性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない者)を基準として判断すべきである
ア これまでの認定基準
  慢性ストレスは十分に考慮されていない
  同種労働者を基準にする。平均的な労働者を基準に認定基準をあてはめる。
イ 改定意見
  慢性ストレスを考慮することを認定基準に明記する。
  同種労働者の中でもっとも脆弱である者を基準とすることを明記する。
  これによって総合評価を適切に行うように運用を改める。
(3) 自殺が行われた場合には、原則として自殺行為時までに精神障害の発病を推定するべきである
 ア これまでの認定基準
   これまでも「精神障害の治療歴のない事案」について「診断基準を満たす事実が認められる場合又は種々の状況から診断基準を満たすと医学的に推定される場合には、当該疾患名の精神障害が発病したものとして取り扱う。」とされている。
   しかし、実際には、精神障害が発病していないとして不支給とされる例がある。
 イ 改定意見
   自殺が行われた場合には、原則として自殺行為時までに精神障害を発病したものと推定する。
(4) 交替制勤務、深夜勤務、不規則勤務による心理的負荷を重視すべきである
 ア これまでの認定基準
   認定基準の別表1具体的出来事項目18の「勤務形態に変化があった」では、総合評価の視点として、「交替制勤務、深夜勤務等変化の程度、変化後の状況等」と記載したうえで、負荷の強度を「弱」とし、「「強」となることはまれ」と解説している。
上記以外には何ら、交替制勤務・深夜勤務、不規則勤務による心理的負荷の規定がない。
 イ 改定意見
(ア)認定基準の別表1具体的出来事項目18の「勤務形態に変化があった」については、平均的心理的負荷の強度は「Ⅲ」少なくとも「Ⅱ」とし、具体例においても心理的負荷の強度を「強」少なくとも「中」とするべきである。
(イ)また、交替制勤務、深夜勤務、不規則勤務が同様の形態で続いている場合には、別途項目を設け、平均的な心理的負荷の強度を「Ⅱ」とし、「交替制勤務、深夜勤務、不規則勤務が同様の形態で続いている場合」は、少なくとも「中」以上の評価の具体例とすべきである。
(5) 出来事が複数ある場合の全体評価を適切に行うべきである
ア これまでの認定基準
出来事が複数ある場合の評価が適切に行えない。
実際に労災認定実務においても、出来事が複数存在し、そのことによって業務上の心理的負荷が強まったと考えられる事案において、強度の心理的負荷があったとは言えないとして業務外決定がなされているケースが多々存在する。
 イ 改定意見
   生じた出来事の数が多数になるほど、各出来事の関連性又は連続性ないし時間的な近接の程度が大きくなるほど(おおむね1か月)、心理的負荷の強度を強める要素となることに留意するように指摘した。
特に心理的負荷が「中」である出来事が複数生じている場合には、出来事相互の関連性の有無を問わずに、少なくとも心理的負荷の総合評価を強める事情になることを指摘した。
(7) 発症の6か月より前の出来事も評価すべきである
ア これまでの認定基準
原則として発病前おおむね6か月の間における出来事の有無等を検討するとなっている。
 イ 改定意見
6か月より前の出来事について認定基準の「出来事が複数ある場合の全体評価」の手法を用いて、出来事を全体的に評価できるようにする。
(8) 精神障害の悪化の業務起因性を適切に認めるべきである
 ア これまでの認定基準
   「特別な出来事」に該当する出来事がなければ、対象疾病が悪化した場合に業務上の疾病とは扱われないことになっている。
 イ 改定意見
悪化前に業務による「強い心理的負荷」が認められる場合には業務上の疾病と取り扱う。
(9) 精神障害の悪化後の自殺が労災となることを明確にすべきである
 ア これまでの認定基準
認定基準は、精神障害の悪化の業務起因性について、「悪化した部分について、労働基準法施行規則別表1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。」とのみ規定し、精神障害が悪化した後の自殺については明記していない
 イ 改定意見
業務により精神障害を発病又は悪化したと認められる者が自殺を図った場合には、業務起因性を認めることを明記する。

公開日時:2018年7月25日(水)

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