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脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会 「第8回」以降の議論に関する緊急意見書(2021)

脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会 「第8回」以降の議論に関する緊急意見書

厚生労働大臣   田  村   憲  久   殿
脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会
事務局 御中 はじめに  2020年6月に脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会(以下「専門検討会」という。)が設置され、すでに第10回までが開催されている。
当弁護団は、これまで貴省に対し、2003年11月21日付け「脳・心臓疾患の労災認定基準の改定を求める意見書」(以下「2003年意見書」という。)、「2018年 脳・心臓疾患の労災認定基準の改定を求める意見書」(以下「2018年意見書」という。)、「2020年 脳・心臓疾患認定基準改定の補充意見書」(以下「2020年意見書」という。)、2021年1月15日付け「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会「第5回における論点」及び「第6回における論点」に関する緊急意見書」(以下「2021年1月15日緊急意見書」という。)を提出し、認定基準改定についての意見を述べてきたところであるが、今般、特に専門検討会の「第8回」以降の議論を前提に、①対象疾病の拡大、②評価期間、③発症との関連が強い時間外労働時間数の改定の必要性、④労働時間以外の負荷要因(勤務時間の不規則性、心理的負荷を伴う業務)に関し、改めて緊急意見を述べる次第である。
専門検討会の事務局におかれては、本意見書を次回専門検討会の参考資料に加えるよう求める。また、専門検討会での議論の際には、資料の紹介に留めることなく、具体的な論点として検討されたい。
第1 対象疾病の拡大について
   第10回専門検討会において、労災補償の対象疾病に追加する心不全の範囲を、「重篤な心不全」と限定するのが妥当との議論がなされていた。
しかし、業務による過重負荷によって発症した心不全であれば、広く労災補償の対象とすべきであり、これを「重篤な」ものに限定する合理性はない。よって、対象疾病としては、広く「心不全」を追加すべきである。
また、裁判例において業務起因性が肯定された呼吸器疾患(肺炎)、気管支喘息、消化器疾患(十二指腸潰瘍)等の疾病についても労災補償の対象になり得ることを、明記すべきである(2018年意見書、2021年1月15日緊急意見書)。
第2 評価期間について
総合評価の際には、発症前おおむね6か月間のみならず、それ以前の期間を含む全体の業務内容を考慮すべきであることを、原則的な考え方とすべきである(発症前1年以上の過重負荷を考慮した参考判例として横浜南労基署長(東京火災海上保険横浜支店)事件・最高裁一小平12.7.17判決(労判785号)ほか)(2003年意見書、2018年意見書、2021年1月15日緊急意見書)。
第3 発症との関連が強い時間外労働時間数の改定の必要性について
 1 当弁護団の2018年意見書
  過労死弁護団は2018年意見書(第3回専門検討会参考資料2)において、
①「発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たり65時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。」
②「ただし、1か月当たりの平均時間外労働時間数が、おおむね45時間以下又はおおむね65時間以下であったとしても、bからgまでに示す負荷要因の検討を踏まえ、(4)のとおり総合評価すべきであることに留意すること。」
との意見を述べ、その根拠として専門検討会報告書の内容や、過労死等調査研究センターが専門検討会報告書の後に発表された5本の医学研究報告(後述)を紹介していることを指摘した(11~13頁)。
2 専門検討会における議論の方向性の問題点
(1) ところが、現在開催されている専門検討会においては、
「A 現行認定基準における労働時間の評価について、どのように考えるか。」
 という命題について、早くも第3回専門検討会において、十分な根拠も示さないまま「13年検討会と同様に、睡眠時間を基礎として考えることに賛同する。」との方向性が示されてしまった(第10回専門検討会資料1の2ページ参照)。
 そして、それを前提に、
「B 上記Aに加えて、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮して業務と発症との関連性が強いと判断できる場合について、医学的知見、至急決定事例等を踏まえ、総合的な評価に当たっての考え方を明確にすることができないか。
 その際、大規模な疫学調査に置いて、労働時間と発症との関係についても一定の知見が得られていることから、当該知見も考慮することが必要ではないか。
 例えば、次のような整理ができないか。」
 として、
「労働時間以外の負荷要因において一定の負荷が認められる場合には、労働時間の状況をも総合的に考慮し、業務と発症との関連性が強いといえるかどうかを適切に判断すること。
 その際、労働時間のみで業務と発症との関連性が強いと認められる水準には至らないがこれに近い時間外労働が認められる場合には、特に他の負荷要因の状況を十分に考慮し、そのような時間外労働に加えて一定の労働時間以外の負荷が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。」
という整理の仕方が提案された(同3ページ)。
(2) これは、専門検討会当日の議論で、西村委員から「考え方の方向性をどうするか。本来、生データそのものから判断すべきところ、従来からの睡眠時間を基礎にした考え方を重視しつつも、新しい医学的知見も加味して、ということなのか。」との発言がなされたことからもわかるように、①従来の睡眠時間からの逆算による間接的アプローチ(以下「間接的アプローチ」という。)を「基礎」としつつ、②労働時間自体と脳・心臓疾患の発症又は死亡の関連性についての直接的アプローチ(以下「直接的アプローチ」という。)も「考慮」するというものである。
3 直接的アプローチをとるのが原則であること
(1) ルンバール・ショック事件・最高裁二小昭和50年10月24日判決(民集29巻9号1417頁)は、法的な因果関係の有無について、「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」があれば足りると判示している。業務起因性の判断においても、後述する医学的知見が集積したことにより、発症リスクのある時間外労働時間数という特定の事実が脳・心臓疾患の発症という特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を合理的に説明できるようになった。したがって、本来のあり方である直接的アプローチを原則とすべきであり、間接的アプローチは1か月当たりの平均時間外労働時間数が65時間以下で1回当たりの睡眠時間が6時間未満であるケース等において、直接的アプローチを補強する手法として用いられるべきである。このことは、西村委員が「本来、生データそのものから判断すべき」と述べていることからも明らかである。
(2) 13年専門検討会において間接的アプローチがとられたのは、当時は直接的アプローチに関する医学的知見がまだまだ不十分であると考えられたからであるが、その後、次に述べるように、労働時間と脳・心臓疾患の発症又は死亡との関係についての大規模な疫学調査が進み、多数の医学的知見が明らかになっている。
4 直接的アプローチについての医学的知見の検討
(1) 専門検討会において収集された直接的アプローチに関する医学的知見
 今般の専門検討会において事務局が収集した、直接的アプローチに関する医学的知見は次のとおりである。
ア 第3回専門検討会の資料5の2の医学文献(30文献。以下「文献A群」という。)
 ここでは、「労働時間と脳・心臓疾患の発症に関する文献」として、脳血管疾患に関するものとして7文献、心疾患に関するものとして23文献が挙げられている。
イ 第5回専門検討会の資料2の3(1文献のみ。以下「文献B」という。)  ここでは、「労働時間と脳・心臓疾患の発症に関する文献」の追加として、Hayashiらの前向きコホート研究(2019年)が挙げられている。
ウ 第10回専門検討会の資料3(延べ12文献。以下「文献C群」という。)
 ここでは、「第3回専門検討会資料5・第5回専門検討会資料2で提出した資料を一部抜粋・修正したほか、一部資料を追加したもの」として、脳血管疾患に関するもの6文献、心疾患に関するもの6文献(脳疾患に関するものとの重複を含む。)が挙げられている。
(2) 過労死弁護団の2018年意見書が挙げた医学文献(5文献)
 前述の過労死弁護団意見書が挙げた①~⑤の文献のうち、②を除く4つは、上記文献A群ないし文献C群に含まれている。
(3)「働くもののいのちと健康を守る全国センター」の「脳・心臓疾患の労災認定基準の「緊急」改訂要求」が挙げた医学文献(2文献)
 上記団体の要求書(第9回専門検討会参考資料)が挙げる2文献も、上記文献A群ないし文献C群に含まれている。
(4) (1)~(3)を統合した整理表の検討
ア 上記(1)~(3)で挙げられた計35文献の対応関係と、それぞれの対象群との有意差についての結論を整理すると、別紙のようになる。
 この35文献のうち、業務と発症との関連性が強いと評価できる具体的な労働時間数を検討するに当たって重要性がないか又は少ないものは網かけをした。
 そして、残った重要な文献について、脳血管疾患及び心疾患に関して対象群との有意差が認められる(○)とするものにピンク色、認められない(×)とするものに水色のマーカーを付した。
イ これをみると、まず、心疾患については週55時間以上の労働時間の場合に有意差があるとするものが10文献で圧倒的に多い(1、2、12、13、15、20、31~35)。×となっているものも1つだけ存在するが(6=25。これは同じものである。)、これは死亡について有意差を否定するもので、長時間労働と発症の関連性を積極的に否定するものとまではいえない。
ウ 次に、脳血管疾患については、心疾患に比べて文献そのものが少ないが、それでも週55時間以上の労働時間の場合に有意差があるとするものが6文献であり圧倒的に多い(1、2、4、12、14、33)。否定するものも2つあるが(6=25、31=34)、6=25についてはイと同様、長時間労働と発症の関連性を積極的に否定するものとまではいえない。唯一、31=34(Hayashiら)が有意差を明確に否定しているが、実質的にはこれのみであり、有意差を肯定するものがやはり圧倒的といえる。
5 直接的アプローチに関する医学的知見により週55時間の労働(おおむね月60時間の時間外労働)が虚血性脳疾患・心疾患の発症と強い関連性を有する
 上記より、虚血性脳疾患・心疾患の発症と強い関連性を有する労働時間数は週55時間(おおむね月65時間)として、認定基準を現在の時間外労働時間月80時間から65時間に変更すべきである。
 これに対し、前述のように、脳血管疾患については一部に有意差を否定する医学的知見がある。しかし、前掲ルンバール・ショック事件・最高裁判決によれば、業務起因性という法的評価において、「一点の疑義も許されない自然科学的証明」は不要である。少なくとも心疾患については有意差があるとするものが圧倒的であり、脳血管疾患も虚血性心疾患も同じ循環器系疾患であるから、上記のとおり、1か月当たり65時間超の時間外労働時間数という特定の事実が脳・心臓疾患の発症という特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性が認められるのであり、同じ認定基準とすべきである。
6 認定基準における、あるべき時間外労働時間数について
 他方で、現在専門検討会で議論されている、労働時間以外の負荷要因の適切な評価も重要である。
  そこで、当弁護団は、改めて次のとおりとすることを強く要望する。
① 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね65時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
② また、1か月当たりの平均時間外労働時間数がおおむね65時間以下の場合であっても、労働時間以外の負荷要因が相当程度に過重と認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて総合的に判断すること。
第4 労働時間以外の負荷要因について
 1 勤務時間の不規則性について
(1) 勤務間インターバルが短い勤務
 ア 勤務間インターバルが短い勤務に関する検討の視点については、第9回専門検討会の資料1において、「その程度(時間数、頻度、連続性等)や業務内容等の観点から検討し、評価すること」とし、長期間の過重業務の判断については、「睡眠時間の確保の観点から、勤務間インターバルがおおむね11時間未満の勤務の有無、時間数、頻度、連続性等について検討し、評価すること」と整理された。
 イ しかし、検討の視点に、「勤務間インターバルの時間帯」を明示すべきである。なぜなら、勤務間インターバルの時間帯に午後10時から午前6時の睡眠時間帯(深夜時間帯)が含まれていない場合、すなわち上記の深夜時間帯に徹夜勤務や当直勤務等を行った場合には、勤務間インターバルが日中の時間帯となり、日中の時間帯に睡眠をとることの困難性によって睡眠時間が減少し、睡眠の質が低下するため、業務負荷が大きいと評価されるべきであるからである。
 ウ 長期間の過重業務の判断における勤務間インターバルの時間数については、「おおむね11時間未満」との一律の基準を用いるべきではない。勤務間インターバル14時間未満で睡眠時間が有意に短い、同13時間未満で睡眠の質が有意に劣化、同12時間未満で平均疲労が有意に高いとの医学的知見を考慮すべきである。
さらに、上記イと同じく、勤務間インターバルの時間帯による睡眠時間の減少、睡眠の質の低下の有無と程度を評価した上で、必要な睡眠時間の確保、疲労回復に必要な勤務間インターバルが確保されているかの検討がなされるべきである。
(2) 不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務
   不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務に関する検討の視点については、第10回専門検討会の資料1において、「不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務については、予定された業務スケジュールの変更の頻度・程度・事前の通知状況、予定された業務スケジュールの変更の予測の度合、交替制勤務における予定された始業・終業時刻のばらつきの程度、深夜時間帯の勤務の頻度など夜間に十分な睡眠が取れない程度、一勤務の長さ(引き続いて実施される連続勤務の長さ)、一勤務中の休憩の時間数及び回数、休憩や仮眠施設の状況(広さ、空調、騒音等)、業務内容及びその変更の程度等の観点から検討し、評価すること。」と整理された。
   かかる検討の視点については、概ね評価できるが、「業務内容及びその変更の程度等」の後に、「睡眠時間の減少や睡眠の質の低下の程度、生体リズムと生活リズムの位相のずれを生じさせる程度、疲労の蓄積の程度等」の視点も加えるべきである。
 2 心理的負荷を伴う業務について
(1) 2021年1月15日付け緊急意見書では、第5回専門検討会で示された「認定基準の検証にかかる具体的論点(たたき台)」について、これまで労災認定手続において、「精神的な緊張を伴う業務」による過重負荷を適正に評価し、時間外労働時間数などと総合考慮をして「業務上外」を判断することが著しく軽視された現状を改善するために、「業務による心理的負荷を広く評価対象とすることを明確に」することは評価できる、とした。
   しかし、「心理的負荷を伴う業務」の具体的業務として、別紙表に挙げられている業務は、現行認定基準の「日常的に精神的緊張を伴う業務」の具体的な業務と同様であり、「常に」「人命や人の一生を左右しかねない」「極めて」「多大な」「過大な」「複雑困難な」などと評価、検討すべき業務を徒に限定しており、業務による心理的負荷を広く評価対象とすることになっていない。また、具体的業務の例示も減っており、広く評価対象とするという基本姿勢から逆行している、との意見も述べたところである。
(2) その後、第9回専門検討会で示された「認定基準の検証にかかる具体的論点(たたき台)」7頁では、検討し評価する対象を「別紙に掲げられている日常的に心理的負荷を伴う業務及び心理的負荷を伴う具体的出来事等について」として、心理的負荷な伴う業務には「日常的」な業務を含むことを明確にした。
また、「具体的出来事等」の「等」について、「個別の事情に即した事情や今後の心理的負荷に関する医学的知見の進展等により、別紙に掲げられていない具体的出来事等に関して強い心理的負荷が認められる場合には、上記の「等」として評価する」、と注記しており、これらの内容は、労災認定を実施する労働基準監督署、審査官、審査会に趣旨を徹底するために、改定される認定基準に明記する必要がある。
(3) 第9回専門検討会の具体的論点8頁でも、「日常的に心理的負荷を伴う業務」を「常に」「人命や人の一生を左右しかねない」「極めて」「多大な」「過大な」「複雑困難な」などと限定している点は改善されていないので、引き続きその点の改善が必要である。
また、認定基準の今般の改定の趣旨が誤解されないように、少なくとも、現行認定基準の「精神的緊張と脳・心臓疾患の発症との関連性については、医学的に十分な解明がなされていないこと、精神的緊張は業務以外にも多く存在すること等から、精神的緊張の程度が特に著しいものと認められるものについて評価する」という限定が削除されたことを、明記する必要がある。
(4) さらに、脳・心臓疾患の労災認定手続においては、精神障害の認定基準のように、業務に関連する具体的出来事のうち、強度が「強」の出来事だけを評価するのではなく、強度が「中」以下の出来事であっても、労働時間、労働時間以外の負荷要因とともに総合評価をして、「業務上外」の判断を行わなければならないことを改めて明記することが必要である。
このことは第9回専門検討会の具体的論点14頁においても、「労働時間以外の負荷要因において一定の負荷が認められる場合には、労働時間の状況をも総合的に考慮し、業務と発症との関連性が強いといえるかどうかを適切に判断すること」「そのような時間外労働に加えて一定の労働時間以外の負荷が認められる場合には」とされており、精神疾患の認定基準において、その出来事等の負荷だけで労災と認められる「強」に至らない「中」以下の出来事等でも、「一定の」心理的負荷が認められる具体的出来事等については、業務と発症との関連性を評価し判断することを明確にされたい。
なぜなら、心理的負荷の強度が「強」の出来事等だけを評価するという取り扱いでは、労働時間以外の負荷要因を含めて総合判断するという基本的方針に相反するうえ、時間外労働時間数だけを形式的に偏重して「業務上外」を判断している実態が改善されないままとなるからである。
以上
公開日時:2021年5月14日(金)

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