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「自立的労働にふさわしい制度」の創設に反対する決議

過労死弁護団全国連絡会議第19回全国総会

  1.  厚生労働省は、2006年6月、労働政策審議会労働条件分科会において、「労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(案)」(以下「厚労省案」という。)を示した。特に労働時間制度においては、「自律的労働にふさわしい制度」(以下「自律的労働時間制度」という。)の創設が提案されている。
     この自律的労働時間制度は、使用者から具体的な労働時間の配分の指示を受けることがない者及び使用者から業務の追加の指示があった場合は既存の業務との調節ができる者で、1年間に支払われる賃金の額が自律的に働き方を決定できると評価されるに足る一定水準以上の額であるなどの要件を充たした場合、労働基準法35条(休日)と39条(年次有給休暇)以外の労働時間、休憩及び休日の労働及び割増賃金に関する規定を適用除外するというものである。
  2.  自律的労働時間制度の立法事実は、産業構造が変化し就業形態・就業意識の多様化が進んで、高付加価値の仕事を通じたより一層の自己実現や能力発揮を望み、緩やかな管理の下で自律的な働き方をすることがふさわしい仕事に就く者がおり、このため一層の能力発揮をできるようにする環境を整える必要があるとされている。 一方で、厚労省案は、次世代を育成する世代(30歳代)の男性を中心に長時間労働者の割合が高止まりしている現状を踏まえ、過労死の防止、長時間労働の削減や少子化対策という観点から、時間外労働の削減のための割増賃金の引き上げ、健康確保のための休日や年次有給休暇制度の改正も提案している。
    これに対し、自律的労働時間制度については、労働者の自己実現や能力発揮しか挙げられておらず、過労死・長時間労働の防止や少子化対策という観点はない。
  3.  しかし、厚生労働省の「裁量労働制の施行状況等に関する調査」(2005年)によれば、対象労働者の要件が類似する裁量労働制や、労働時間規制が適用除外となる管理監督者は、一般労働者よりも、深夜や休日に及ぶ長時間労働をしている実態が浮かび上がってくる。
     同様の結果は、独立行政法人労働政策研究・研修機構の「日本の長時間労働・不払い労働時間の実態と実証分析」(2005年)や「働き方の現状と意識に関するアンケート調査結果」(2006年)においても出ているのであり、自律的労働時間制度においても、休養と疲労回復のための休日の確保や早い時間帯の帰宅が困難であることを示している。
     とすれば、自律的労働時間制度の対象労働者についても、長時間労働・過労死の防止という観点から創設の可否を含めて慎重に検討すべきである。
     この点につき、厚労省案は、健康確保措置として、相当程度の休日の確保と健康のチェックが提案しているが、前者は1年間を通じ週休2日相当の休日や一定日数以上の連続する特別休暇という程度のものにすぎず、後者は医師による面接指導を具体例に挙げるだけで、これまでの過労死判例の到達点から見て、とても長時間労働の歯止めになる措置とは認められない。
  4.  厚生労働白書(2005年版)によれば、25~39歳男性就労者のうち週間就労時間60時間以上の者の割合が高い東京都では合計特殊出生率が低く、週間就労時間60時間以上の者の割合が低い沖縄県では合計特殊出生率が高くなっており、長時間労働で仕事以外の時間が足りないと出生率が低いという結果が出ている。長時間労働が少子化の一つの要因になっているのであり、その是正が少子化対策に有効であることは間違いない。
     そして、このことは、自律的労働時間制度の対象労働者であっても同様であり、少子化対策のために長時間労働を防止するという観点から検討しなければならない。しかし、厚労省案ではこの実効的な措置を何ら提案しておらず、自律的労働時間制度により長時間労働が誘引されるおそれがあることは、アメリカのホワイトカラー・エグゼンプションの対象労働者が非適用除外の労働者よりも長時間労働をしている割合が高いことからも明らかである。
  5.  「裁量労働制の施行状況等に関する調査」によれば、今後の労働時間管理の在り方について、裁量労働制導入事業場の回答は「労働時間規制を受けない働き方の導入」が4割以上あるが、「現行のままでよい」とする回答も4割近くに上り、また、未導入の企業の回答は前者が3割にすぎないのに対し、後者が4割を超えて逆転している。企業側においても過半数が適用除外を望んでいるわけではなく、導入を希望する企業とそうでない企業との割合は拮抗しているのである。
     一方、労働者側の回答でも、労働時間管理を受けない働き方の実現を望む割合は裁量労働制の対象労働者の中でも1~2割程度しかなく、むしろ適用除外よりも、賃金不払い残業の是正、年次有給休暇の容易な取得を望んでいるのが実態である。
     また、厚生労働省の「社会保障を支える世代に関する実態調査」(2004年)では、理想とする働き方や労働条件として、長時間労働が多いとされる30歳代の回答では、「有給休暇が取得しやすい」が第1位(40.1%)、「残業が少ない」が第2位(35.5%)、「子育てと両立可能」が第3位(30.8%)となっている。厚生労働省の「社会保障に関するアンケート調査」(2006年)でも、15年後の将来の理想として、「生活の中心が余暇」と回答する者が77.3%と8割近くに上っている。
     これらの調査結果からすれば、厚労省案の立法事実に反して、多くの労働者は、新たな労働時間規制の適用除外制度を望んではいないのであり、能力発揮・自己実現よりも、労働時間の短縮や休日・休暇の取得を望む声のほうが大きいのである。
     このように前提となる立法事実が誤りである以上、労働時間規制の適用除外を拡大する自律的労働時間制度もまた誤りであることは明らかというべきである。
  6.  さらに厚労省案は、企画業務型裁量労働制について、中小企業に使い勝手のよいように要件を緩和することも提案している。
     しかしながら、「裁量労働制の施行状況等に関する調査」によれば、大半の裁量労働制の対象労働者は、出退勤の自由が制限されており、仕事の目標、期限や内容の決定及び業務の遂行方法の決定についても裁量の幅が限定されているのが現状である。
     まずこの法違反を是正せず、実態を無視して、安易に企画業務型裁量労働制について、中小企業に使い勝手のよいように要件を緩和すべきではない。
  7.  以上より、過労死弁護団全国連絡会議は、誤った立法事実に基づく拙速な労働時間法制の改正に強く反対するものである。
2006年9月30日
過労死弁護団全国連絡会議第19回全国総会
公開日時:2006年9月30日(土)

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