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「労働時間規制緩和に反対する意見書」を出しました

 

労働時間規制緩和に反対する意見書

2026年6月1日

過労死弁護団全国連絡会議

代表幹事 弁護士 松丸 正

代表幹事 弁護士 川人 博

                 (連絡担当) 

弁護士 井上耕史 072-221-0016

弁護士 上出恭子 06-6636-9361

 

1 労働時間規制見直しの動き

高市首相は、本年4月22日に開催された第4回日本成長戦略会議において、上野厚労相に対し、裁量労働制や変形労働時間制などの労働時間制度の見直しについて検討を加速すること、現行の労働時間規制の運用を労使合意に則った指導を行うよう見直すことを指示した。

これを受けて、本年5月27日、同会議の第4回労働市場改革分科会において、厚労省から「とりまとめ(案)」が示された。「とりまとめ(案)」は、同分科会において大筋において了承された、と報道されている。

「とりまとめ(案)」では、労働時間法制に関して、長時間労働の是正、連続勤務規制や勤務間インターバル制度の検討等、労働者のいのちと健康を守るための施策も一定程度示されている。

他方で、夏以降、労働政策審議会において議論を行う必要があるとして、

・ 裁量労働制については、現場の実態や労使双方の立場を十分に踏まえて、健康確保、長時間労働防止、適切な処遇確保などの濫用防止措置を前提に、裁量労働制の対象の在り方について、見直しの検討を行う必要がある。

・ 変形労働時間制については、他律的な要因に十分対応できていない現場の実態や、労働者の生活時間や予見可能性の確保にも留意しつつ検討を進める必要がある。

などを挙げている。

 また、現行法の運用については、

・ 労働基準監督署において、労働時間や労働者の健康確保措置に関する労使の合意に則った指導が行われるよう速やかに見直す必要がある。

 などとしている。

  

2 当弁護団の意見(総論)

高市首相の発言は、労働時間規制について制度・運用両面での緩和を意図するものと見られる。

これを受けた労働市場改革分科会における「とりまとめ(案)」は、法制度の見直しについて労働政策審議会で検討を進めるとしており、裁量労働制の拡大、変形労働時間制の要件緩和などの検討を進めることが懸念される[1]。また、現行法の運用については明確に緩和する方針を打ち出している。

しかし、現行の労働時間規制を制度・運用において緩和することは、労働者のいのちと健康を危うくするものであって、当弁護団はこれを容認することはできない。

以下に、裁量労働制の拡大、変形労働時間制の要件緩和、現行法の運用による規制緩和について、それぞれ反対意見を述べる。

 

3 裁量労働制を拡大すべきではないこと

(1)経済団体による裁量労働制拡大の要望

この間、日本成長戦略会議の場で、経済団体から出ている委員は、健康確保を前提に、過半数労働組合がある企業に限り、裁量労働制の対象業務を、一定の範囲で拡大することを求めている[2]。政府に対し拡大を求める業務として、裁量労働制の対象とならない業務が一部混在する業務、課題解決型提案業務、シェアードサービス業務を挙げている[3]。

(2)長時間労働を強いられるおそれの強い制度

裁量労働制は、実労働時間にかかわらず、あらかじめ労使協定などで決定された時間だけ労働したものとみなされる制度である。業務遂行の手段や時間配分の決定は労働者自身に委ねられるが、業務量や期限は使用者によって決定されるので、命じられた労働が過大である場合には、労働者は事実上長時間労働を強いられる。

現に、厚労省「裁量労働制実態調査」(2021年6月公表[4])によれば、週の平均実労働時間は、裁量労働制適用労働者が45時間18分と、非適用労働者43時間2分よりも長くなっている[5]。また、同調査によると、週の労働時間60時間以上(法定時間40時間+時間外労働20時間以上)の労働者は、適用労働者が9.3%と、非適用労働者5.4%よりも多くなっている[6]。同調査を基にした研究結果では、勤務方法や勤務時間の裁量を持たない労働者に裁量労働制が適用されると健康状態に悪影響を与えることが指摘されている[7]。

(3)過労死等は減少していない 

働き方改革関連法は、2019年4月1日から順次施行されて丸7年を経過したが、未だ過労死等[8]は減少していない。

すなわち、厚労省が毎年6月に公表している「過労死等の労災補償状況」によれば、脳・心臓疾患事案の労災請求件数は2019年度936件から2024年度1030件に、精神障害事案の労災請求件数は2019年度2060件から2024年度3780件に、それぞれ増加している。

また、脳・心臓疾患事案、精神障害事案ともに、毎年、裁量労働制適用対象労働者の労災認定がなされている。2018年度から2025年度までの間に、脳・心臓疾患については毎年1~4件が、精神障害については毎年5~8件が、それぞれ労災認定されており、いずれについても死亡事案が含まれている[9]。労働者自らが多様な働き方を選択できていたなら、このような労災請求・認定状況になることは考えられない。

さらには、過労死予備軍ともいえる、週労働時間40時間以上の雇用者に占める週労働時間60時間以上(1週間の時間外労働時間が20時間以上となり、1か月で換算すれば80時間以上の時間外労働に従事することになる。)の割合について、政府は、令和6年8月2日に公表した「過労死等の防止のための対策に関する大綱」において、令和10年までに5%とする目標を掲げているが、令和元年以降徐々に減っているとはいえ、令和6年時点で未だ8.0%[10]であって、当該目標を確実に達成できるか不透明である。

労基法の時間外労働の上限規制を設けてなお、このような状況にある中で、裁量労働制拡大による労働時間規制緩和は到底認められるものではない。

(4)裁量労働制の濫用が後を絶たない現状

   「とりまとめ(案)」において「長時間労働になる、裁量や適切な処遇が確保されない実態があることが指摘されている。」と述べられているとおり、現行法の下でも、裁量労働制の違法適用・濫用事例が後を絶たない。

例えば、企画業務型裁量労働制を営業社員に違法に適用していた野村不動産の事例(過労自殺した従業員について労災認定がされるとともに、会社に対し労基署から是正勧告がなされた)[11]や、専門業務型裁量労働制を対象業務外の従業員(税理士資格のない補助者)に適用していた事例[12]など、多数の報道事例・裁判例が存在する。

   ごく最近公表された裁量労働制の実態調査[13]でも、裁量労働制が適用されている事業場において、①適用上必要な裁量(遂行手段・時間配分)が与えられていない人がある程度いる[14]、②まったく裁量がない期間でも適用されている、③顧客との関係で事実上裁量がない、といった違法な状態が多数報告されている。また、裁量労働制が残業代逃れの賃金抑制に使われていることが指摘されている。

 現行法の下でも濫用事例が多発し、過労死等も発生している状況にあって、対象業務を拡大すればさらなる濫用と過労死等を招くことは目に見えている。

(5)過半数労組の合意は歯止めにならない

   経済団体は、過半数労働組合との協議を要件として対象業務を拡大できる制度の導入を求めており、過半数労働組合の関与があれば適切な労働条件を確保できると考えているようである。

  しかし、労働基準法は最低基準であって、労使合意による例外を安易に認めるべきではない。

また、過半数労働組合があるからといって、適切な労働条件の調整ができることの保証にはならない。労使間に厳然たる交渉力の格差があることなどを踏まえれば、労働者の健康に重大な影響を及ぼす例外を認めるべきではない。裁量労働制を導入している事業場の労働組合からは、裁量労働制の運用が難しいという意見が従前から上がっていること、「業務量、労働時間の配分が自分では決められない」、「結果的に長時間労働が常態化してしまう」「制度適用に見合う処遇ではなくて、残業代逃れの手段として使われているのではないか」という声があることが報告されている[15]。

現に、過半数労働組合がある事業場においても、脳心臓疾患又は精神障害による労災認定事案が存在している[16]。

   さらに、使用者のイニシアチブにより過半数労働組合の結成がなされること等による濫用のおそれも否定できない。

(6)本人同意要件も歯止めにはならない

労働契約関係においては、労使間に使用者と労働者との間に情報量・交渉力・経済的基盤などの格差が存在し、実際には拒否しがたい状況に置かれて形式的な同意をしてしまうことが少なくない。真意に基づく同意の存否が問題となった事案は、裁判例になったものにしぼっても、枚挙にいとまがない。

労働基準法が最低限度の労働条件を定め、これを強行法規として労使間の合意によっても除外できないものとしているのも、個別の同意が常に実質的に自由な意思決定によるものではないからである。

裁量労働制についても、本人同意要件を設けるのみで制度の濫用を十分に防止できるものではない。

(7)「健康確保措置」も歯止めにはならない

高市首相は、裁量労働制の拡大が労働者の健康被害を招くといった批判に対して、健康確保措置が実施されれば、そのような問題を回避できるという趣旨の発言をしている。

しかし、既に指摘をしたとおり、現行法のもとにおいても、裁量労働制の適用のある労働者の過労死等が発生している。現状でも労働者の健康確保が十分に機能していないのに、健康確保措置の実施によって、確実に労働者の健康被害を回避できるとは言えない。

(8)経済団体、行政による「実態調査」の問題点

ア 経団連の調査

経団連は、2025年11月27日に「ホワイトカラー労働者の裁量労働性適用ニーズ等に関する調査結果」を公表し、裁量労働制の拡大を求める主たる根拠の一つとしている。同調査結果は、労働者の3分の1が裁量労働制の導入を求めているとの内容であり、一部の報道機関によってセンセーショナルに報じられた。

しかし、アンケート調査を実施した委託先は「民間調査会社」との限度でしか公表されておらず、調査事項も調査票もいずれも非公表とされている(当弁護団所属弁護士による問い合わせに対する2026年5月12日回答)。

誰がどのような項目で調査をしたのかという基本的な事項すら明らかにされていない調査を、中立的・客観的なエビデンスとして検討材料とするのは相当でない。

イ 厚労省が実施しようとする裁量労働制実態調査

  本年5月13日、厚労省が第209回労働政策審議会労働条件分科会で示した裁量労働制に関する実態調査(本年7~8月調査予定)の案は、裁量労働制適用労働者について専門業務型・企画業務型それぞれ最大10名、非適用労働者についてもそれぞれ最大10名のみを対象とするものである。

しかし、きわめて限られた労働者の声だけを拾ったところで、実態を反映するものとは言い難いし、裁量労働制の濫用防止策を検討することも困難である。

(9)小括

   以上のとおり、裁量労働制は、長時間労働を強いられるおそれが強い制度であること、現行法でも濫用事例が多くみられること、過半数労働組合、本人同意要件及び健康確保措置によって歯止めになるものではないことから、対象業務を拡大すべきではない。

 

4 変形労働時間制の要件を緩和すべきではないこと

中小企業を組織する経済団体を中心に、変形労働時間制の要件緩和(現在認められていない計画申請後の変更を認める措置や、労使合意を得る期間を30日前から短縮する措置など)の要望が出されている[17]。

しかし、変形労働時間制は、長時間労働になりやすいことに加えて、不規則勤務、連続勤務、深夜勤務などを誘発する。これらの勤務形態は、脳心臓疾患及び精神障害の各労災認定基準においても負荷要因として掲げられており、労働者のいのちと健康を脅かす勤務形態であることは、公知の事実である。

このように、変形労働時間制は、法定労働時間に対する例外的な制度であることを踏まえ、労働者保護の観点から労働時間が長くなる特定期間等を定めた労使協定の締結・届出などの要件が課されている。この趣旨を踏まえれば、長時間労働、不規則勤務、連続勤務、深夜勤務などを誘発する変形労働時間制の要件緩和は認められない。

 

5 現行法の運用を緩和すべきではないこと

  残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間を上限としている。また、労働基準監督署の監督・指導の運用として、月の時間外労働が45時間を超えた場合には、違法でない場合であっても指導対象としている。月45時間を超える時間外労働は、過労死等のリスクを高めるからである。

  これに対し、自民党は、労働基準監督署において時間外労働を月45時間以内に削減することを求める一律の指導を見直し、違法な時間外労働とならないように36協定や特別条項の締結に向けた指導・助言を行うことを提言している[18]。これを受けて、本年4月22日、高市首相は、現行の労働時間規制の運用を、労働時間や労働者の健康確保措置に関する労使の合意に則った指導を行うよう見直すことを求め、「とりまとめ(案)」にも同趣旨の見解が示された。

  しかし、前述のとおり、月45時間を超える時間外労働は過労死等のリスクを高めるものであること、過労死等が減っていない現状があることを踏まえれば、上限規制の範囲内であっても時間外労働を増やすこととなる見直しを行うべきではない。

 

6 労働者の要求は労働時間規制強化・労働時間短縮

本年3月5日に厚労省が公表した「働き方改革関連法施行後5年の総点検」(2025年10月調査)によれば、「労働時間を増やしたい」と回答した労働者は約10.5%にとどまり、そのうち、所定労働時間週35時間を超える労働者は約4.4%に過ぎない。

労働時間を増やしたい理由は、「たくさん稼ぎたいから」「所定労働時間以外の労働分の収入(残業代)がないと家計が厳しいから」と経済的理由によるものが57.2%を占めている。これらの労働者の意見には、賃金増加や税・社会保険料制度改革によって対応すべきものであって、労働時間規制を緩和する必要はない。

他方、「労働時間を減らしたい」と回答した労働者は約30.0%に及び、妥当と考える時間外・休日労働について1か月あたり0~45時間と回答した労働者の合計は約93.0%に達している。このことは、労働時間規制の強化や、労働時間短縮に向けた実効性ある措置こそが求められることを示している。

 

7 結語

高市首相及び「とりまとめ(案)」が検討を求めた労働時間規制緩和の施策は、いずれも労働者の要求に逆行し、労働者のいのちと健康を危うくするものであって、容認できるものではない。

いま、働く人々のいのちと健康を守るために必要なことは、裁量労働制の拡大等の労働時間規制緩和ではなく、現行制度の適正運用の徹底と、さらなる労働時間規制の強化である。

当弁護団は、裁量労働制の拡大、変形労働時間制の要件緩和、現行法の運用緩和などの労働時間規制緩和に反対し、政府に対し、かかる規制緩和を行わないよう求める。

以 上



[1]神保政史・連合事務局長「『日本成長戦略会議労働市場改革分科会とりまとめ』に対する談話」(2026年5月27日)は、「裁量労働制の規制緩和を示唆する内容が盛り込まれたことは極めて遺憾」としている。

[2]第2回日本成長戦略会議(2025年12月24日)における筒井委員(経団連会長)の発言及び提出資料など

[3]経団連「裁量労働制の拡充を求める―柔軟で自律的な働き方をさらに広げるために―」(2026年5月19日)10~12頁

[4]調査期日は2019年10月31日

[5]労働者調査の数値。階級での回答(実労働時間を1時間単位まで覚えていないため階級を選択することにより回答したもの)を含む。

[6]労働者調査の数値

[7]東京大学公共政策大学院・早稲田大学のプレスリリース「新たな政府統計の分析が明らかにした『裁量労働制』の労働環境への影響」(2024年12月19日)。参照論文は、

Yutaro Izumi, Daiji Kawaguchi, Sachiko Kuroda, Taiga Tsubota,

 "Exemption and work environment,"

Industrial Relations: A Journal of Economy and Society

: 2024年11月8日,doi:https://doi.org/10.1111/irel.12382.

[8]業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害(過労死等防止対策推進法2条)

[9]厚労省「令和6年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況」(令和7年版 過労死等防止対策白書)(2025年10月28日公表)56、81頁

[10]同5頁

[11]2018年3月4日日本経済新聞など

[12]東京高裁平成26年2月27日判決・労働判例1086号5頁

[13]労働法制中央連絡会・全国労働組合総連合「裁量労働制実態調査報告書」(2026年5月15日公表)

[14]業務の遂行手段の裁量について「ない」「ほとんどない」「少しはある」を合わせると34%、時間配分の裁量は「ない」「ほとんどない」「少しはある」を合わせて30%

[15]第207回労働政策審議会労働条件分科会(2026年3月13日)での春川委員発言

[16]池添弘邦「裁量労働制適用者の労災認定事例の分析(続編)」(独立行政法人労働政策研究・研修機構『過重負荷による労災認定事案の研究 その5』(2024年2月)4頁以下)において、平成23年度から令和元年度までに業務上認定された裁量労働制適用者の事案90件(脳心事案29件、精神事案61件)のうち、事件・事故への遭遇事案及びいじめ・嫌がらせ事案を除いた事案77件について検討しており、脳心事案29件中、過半数労働組合あり6件、なし11件、精神事案48件中、過半数労働組合あり3件、なし13件となっている。

[17]日本成長戦略会議第3回労働市場改革分科会(2026年4月22日開催)におけるヒアリング団体(全国中小企業団体中央会、全国商工会連合会)の各発言、伊藤委員(日本商工会議所専務理事)の発言

[18]自民党日本成長戦略本部提言(労働市場改革・人材育成関係)(2026年4月9日)

公開日時:2026年6月4日(木)

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